アスファルトの上の解放区──都市のゲリラ音楽家 YAMAGATA TWEAKSTER
Liberation Area on the Asphalt: Urban Guerrilla Musician, Yamagata Tweakster
「ドンマンアヌン ジョジル! ドンマンアヌン ジョジル!(金しか知らないゲス野郎!金しか知らないゲス野郎!)」
9月の深夜1時を過ぎたソウル、ヨンドゥンポ地区。南北に通る広い車道に奇妙なコールが響き渡った。一人の男が突如ライブ・バーの階段を駆け下り、路上に出て車道の真ん中で歌い始めたのだ。オレンジ色のレギンスにピンクのショートパンツ、上半身は蛍光色のシャツ、サングラスに赤十字マークの入った白い帽子というで立ちをしたその男は、両手の人差し指を立てて何かを指差す身振りを繰り返し車道に向かって走りだす。そして、その後ろには拳を宙に突き上げ、コールを繰り返しながら彼を追いかける一群。私もまた、その群れに混じって深夜の車道を駆け抜けていた。
男は、車道の上に寝そべったり、逆立ちしたりと、まるでステージの上にいるかのように踊りはじめた。遮るもののないがらんどうの直線のなかで、体がふわりと軽くなり、手足が目一杯四方に伸びていく。空間の広がりを感じると同時に、私の身体もまた大きく広くなった気分になる。深夜、車もまばらなソウルの4車線大通りの上で、韓国人も日本人も混じって一緒に踊っている。小説や映画の世界ではなく、現実に現れた一瞬の解放区。
ハーメルンの笛吹き男ならぬ、ソウルの笛吹き男。Yamagata Tweakster(ヤマガタ・トゥイークスター)ことハンバ(Hahn Vad)は、これまで様々な場所で即興的に歌い、踊り、ハプニング的状況を作り出してきた都市のゲリラ音楽家だ。ステージから客席に降り、ライブハウスから路上へ飛び出し、さらにはバスや電車、建物の中にまで入り込んでいく。また、彼は様々な社会運動の現場にも現れる。ミリャンの送電線反対運動、ソウルでの障害者権利デモ、さらには日本のデモにまで。ハウス・テクノのダンスミュージックに過激かつメランコリックな歌詞を乗せて歌い上げ、エロティックに体をよじらせて踊る。そうかと思えば、二段蹴りを繰り出しながら信号待ちのタクシーやバスの間を突き進む。それは凍てついた都市への求愛行為のようであり、同時に目の前の壁を突き破ろうとするファイティングポーズのようでもある。
Yamagataの活動が広く知られるきっかけは、2009年の「トゥリバン」闘争だ。ソウル、ホンデ地区にあるカルグックス(韓国うどん)屋の立ち退き反対運動に参加したYamagataらソウルのインディーズ・ミュージシャンたちが、店舗ビルに立てこもり毎日ライブやパフォーマンス、集会を行い、最終的に再開発会社から移転の補償を勝ち取った。暴力的な追い出しによる再開発が頻発する韓国で、アンダーグラウンドカルチャーと都市再開発への抵抗が創造的に結びつくことで住み手の権利を守った運動だ。その後、Yamagataはトゥリバンで出会った音楽家たちと「自立音楽生産組合」を立ち上げ、商業主義とは異なる音楽の生産・流通・受容の回路を作りだすことを試みる。普段はグルーヴグルマと呼ぶ自作のカラフルな屋台を引いて自分のCDや友人たちの音楽、制作物を販売しつつ、2017年9月には自らのスペース「万有引力」をオープンさせた。
Yamagataの後を追いかけ、私たちは街に張り巡らされた境界線を一緒に飛び越える。視界は開け、足は軽やかにアスファルトを蹴り上げ、両手は大きく空に伸びる。声はコンクリートに反響し、コールのこだまのなかで互いに手を取りあう。こうやって踊っていると、都市だけでなく私たち自身もまた、自動車、商業空間、私有地等の境界線によって枠づけられ、囚われてしまっていたことに気がつく。そして、路上でのダンスによって、私たちの体が本来持っていたしなやかさ、軽やかさといった自由の感覚を取り戻していく。
Yamagataは自らの声、音、そして身体そのものをメディアに変えて、分断された都市の状況に介入する。ビートのリズムで二段蹴りを繰り出し、都市の見えない壁に一撃を加える。ハプニングという手法で人々の情動をチューニングし、ユーモラスな身振りによってバラバラになった空間をモザイクのようにつなぎ合わせていく。彼と一緒に踊った人は、Yamagataの後ろに小さな小道が続いていることに気がつくだろう。それは、私たちを隔てる見えない壁に穿たれた穴であり、そこに解放された世界が一瞬だけ現れる。そして、私たちはこの一瞬の空間のなかで自由に踊り続けるのだ。
*「Yamagata Tweakster – 二段横蹴り」
https://www.youtube.com/watch?v=aresTtk01CA
*CD Journal Yamagata Tweakster インタビュー
http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/yamagata-tweakster/1000000822
*韓国音楽ドキュメンタリー映画『Party51』
http://www.offshore-mcc.net/p/party51.html